見出し画像

Portrait of CDO #4 成功も失敗も、全部がナイスチャレンジ! エムスリーの成長を支える組織文化とデザインの秘訣

世界に通用するスタートアップが日本からなかなか出てこない、そんな市井の声に反して世界的に大注目の企業がある。医療業界のDXを推し進める、「日本のGAFA」ことエムスリー株式会社だ。

同社の中核事業である医療情報専門サイト「m3.com」には、日本で活動する医師の9割もが登録する。この巨大メディカルプラットフォームに集積される医療情報を基盤とし、製薬企業や生活者向けサービスなど、60以上ものサービスを提供。海外展開も果たす同社は株式市場で注目の的となっている。

医療業界でDXを牽引してきたエムスリーにもデザイン組織が存在する。この目覚ましいほどの成長に、デザイン組織はどのような貢献をしてきたのか。同社でCDOを務める古結(こげつ)氏に、そのお仕事について伺った。

古結隆介(こげつ りゅうすけ)
エムスリー株式会社 CDO(Chief Design Officer)
大阪芸術大学映像学科卒業。株式会社ビズリーチにて、コミュニケーションデザイン室やデザイン組織の人事をメインとしたデザイナーサクセスにてチームマネジメントを担当。2020年4月より医療従事者向けサービスを運営するエムスリー株式会社にて、グループリーダー/プロダクトデザイナーとしてデザイン組織開発やプロダクトデザインに従事。 2021年4月よりCDOに就任。

体制と文化が生み出すチャレンジ

神谷:
エムスリーは時価総額の大きさで注目を浴びていますが、ここまで成長してきた要因はどのあたりにあるとお考えですか?

古結:
まず思うのは、社会課題の解決へ向けて社員が自走できる状態が、創業時から変わらず続いていることです。

エムスリーはフラットな組織で、スタッフから代表取締役まで4階層しかありません。そのため決裁の下りるスピードが早いんです。「詰めて議論をストップさせる」ような人もいないため社員が自走できる、つまり積極的にチャレンジすることができます。そうでなければ60以上もの事業は立ち上がらないですよね。

体制的な面だけではなく、チャレンジが失敗に終わったとしてもナイスチャレンジと捉え、その経験を次へ繋げる姿勢が組織全体にあることも、自走できる状態の1つの要素だと思います。成功と失敗、両方の知見が引き継がれていき、必然的に新たなチャレンジの成功確率を高めていくことができるんです。

神谷:
全部がナイスチャレンジ、いいですね! チャレンジを応援していくような雰囲気があるんですね。 

古結:
そうですね。どんな役割の人でもチャレンジを軸として持っています。採用基準でも大切にしている要素です。ただ、チャレンジした結果のみを重視しているわけではなく、プロセスもしっかり見ていくようにもしています 。

組織に根付く「デザイン」が自走する組織の原動力

神谷:
社員数500名を超えた企業がそうしたスタイルを持っているのはすごいですね。維持が大変そうだと思うのですが、その点いかがですか?

古結:
苦労している感じでもないんですよね。エムスリーにはマネジメント専任の人、いわゆる管理職が極めて少ないんです。私自身も手を動かしてますし、代表の谷村もプランニングから携わることがあります。それでも特段大きな問題が起きていないというのは、もしかしたらセルフマネジメントできる社員が多いのかもしれませんね。

神谷:
管理職がほぼいない組織構造というのも、セルフマネジメントができる社員が多いというのも驚きです。どうしてそんなことができるのでしょうか。

古結:
代表 谷村の影響が強いのではないかと個人的には思います。
谷村はマッキンゼーで活躍していた方で、クライアントと寄り添うことが世界でもトップレベルでできる人。そんな人の考え方や行動を身近で学んだ社員が、同じことを新しいメンバーに引き継いでいく。これを繰り返すうちに、谷村の仕事に対する姿勢がエムスリーの文化となり、社員に浸透していったのだと思います。

同じような背景で、WHYで解決していく姿勢も文化として社員に根付いています。エムスリーは「MR君」という医療従事者専用サービスが生まれて創業した会社で、谷村はデザイン思考的にプロダクト開発を行ってきました。その考え方を受け継いだ社員たちが、事業だけではなく、自分の目標・目的に対してもWHYで問うという変化を加えた結果、セルフマネジメントができる状態に繋がっていったのかもしれません。

神谷:
なるほど。谷村さんの仕事のスタイルが組織全体に浸透していった結果、自走する組織が出来上がっていったという感じでしょうか。エムスリーでは早い段階から経営とデザインが結びついていたんですか?

古結:
創業から早い段階でデザインチームが組成されていたので、デザインと経営は密接に関わっていたと言えます。ただ、当時のデザインチームはIA(情報アーキテクチャ)を専門としており、WebデザインやUIデザインが中心ではありませんでした。
私がCDOに就任する以前は、デザインの大切さを理解しながらもIAを基盤としたデザインスタイルからアップデートできないという、悶々とした時期を過ごしていたように思います。CDOとして私が着手したことというのは、経営とデザインの関係を再構築することだったのかもしれません。

神谷:
再構築するにあたり、古結さんは何から取り組んだのでしょうか。

古結:
前職のビズリーチではプロダクトだけでなく、採用活動やブランディングといった経営課題もデザインを用いて解決していくような取り組みをしていました。そこで学んだことをエムスリーでも実践し、社内で成功体験を積み重ねていくことで、社内でのデザインに対するイメージをアップデートしていきました。
成功体験といっても営業資料を作り直すとか、採用イベントのクリエイティブを作るとか、すごく小さなことです。誰かの成果達成をデザイナーがサポートする、そうしたことを積み重ねていくうちに「デザイナーがいるとこんなに面白いことができるんだ」と社内の人達がデザインの新たな価値を発見してくれたんです。

その結果、今ではデザイナーが引っ張りだこの状態です。デザイナーが足りずプロダクトが作れないみたいな状況が頻発してしまっているので、これは早急にどうにかしなければいけませんね。

若手が腐るのはオペレーティブな仕事自体が原因ではない

神谷:
他社のCDOの方々も、デザイナーの価値を社内に浸透させる「草の根活動」をされていたとお話されていました。一つ一つの仕事の中でデザイナーに何ができるかをちゃんと知ってもらうことって大事だと思いますが、例えば営業資料はどのようなステップで作っていったんですか? スタイリングだけを綺麗にまとめるとか、課題を可視化しながら共創的に作ってとか、関わり方や役割によってデザイナーの見え方も変わるかなと思うのですが。 

古結:
私の場合は少しずつデザイナーの関わる領域を広めていきました。営業資料だとスタイリングを整えるところから入り、横展開していく中で戦略部分も一緒に考えていくような感じです。いきなり戦略から考えましょうと言っても、デザイナーの役割が理解されていない状態ではどうしても角が立ってしまいますよね。
遠回りのようですが、こうした小さな成功体験を積み重ねて、信頼を得ていくことが大切だと思うんです。若手デザイナーの中には、革新的なことをやって大きな変化を起こしたいと考える人がいます。その熱量は大切ですし、自分も通ってきた道なので理解もできる。だけど、大きな変革を起こすには周囲に動いてもらうために信頼の貯金が必要です。
エムスリーのデザイナーにはLPやバナー作りなど、スピード感を持って取り組めることで小さな成果を出してから、役割を広げていくことを意識してもらっています。

神谷:
オペレーティブな仕事からどんどん役割を増やしていってあげないとデザイナーが腐っちゃうみたいなことがあると思うのですが、そういうところは意図的にデザインされているんですか。 

古結:
まず、デザイナーが果たすべき役割は3つあると考えています。事業部から求められていることを着実に叶えること。事業部に対して提案すること。この2つの基本を抑えた上で、3つ目に大事なのが横展開することです。
担当事業で得たノウハウやナレッジを他の事業でも活用できるような形で残しておくことを横展開と呼んでいます。そこまでできるようになると、組織貢献・事業貢献へと繋がりますし、デザイナー自身も価値提供をした実感を得ることができます。

本人に意欲があれば、オペレーティブな仕事を続けるという選択肢もありだと私は思います。ただ依頼をこなすだけでは腐ってしまいますが、貢献している実感を得るところまで到達すれば自分の価値を理解することができますし、モチベーションも自然と高まっていきます。

神谷:
なるほど。役割を付与していくだけでなく、横展開をすることで貢献しているという実感を得られるようになっているのですね。
ちなみに他事業に横展開していく手前で、デザインチーム内で知見の共有みたいなことも行ってるのでしょうか?

古結:
CDOに就任後にチームで相談しながら始めました。それまでは自分の価値や役割を見いだせないまま作業的に作り続けるといった状態で、メンバーみんな悶々と仕事をしていたような印象がありましたね。
だけど不思議なことに、横の繋がりを作るだけでモチベーションが変わっていったんです。これまでの仕事が他の事業で通用することを目の当たりにして、自分の価値を評価し直すきっかけとなったのではないかと思います。

神谷:
社内でデザインへの理解が進んできた中で、デザイナーの立場やデザイン組織に求められることに変化はありましたか?

古結:
変化はありましたね。それこそ様々な成功事例の横展開を経営から求められるようになりました。デザインをハブにして、ある事業での成功体験を別事業へと展開していく、その循環を生み出す役割をデザイン組織は担っていけるのではないかと考えています。

神谷:
成功体験をどんどん横展開していくのがデザイン組織の役割というのはとても特徴的ですね!

デザインは「武器の1つ」

神谷:
古結さんが考える理想のデザイナー像ってあったりしますか。 

古結:
マインド面では事業に寄り添うデザイナーが理想です。制作会社と事業会社の大きな違いは事業を主体的にスケールさせていくことですから、そこができないとインハウスデザイナーは難しいと思います。
スキルセットでいうと、最低限のものがあり、強みを持っていれば良いのではないでしょうか。投げやりにも聞こえるかもしれませんが、デザイナーって何かを形にすることができる人だと思うんです。誰かの要望・理想を形にすることができる強みがあれば、どんなスキルでもいいのかなと。 

神谷:
確かにそうですね。何かを形にする力で事業をスケールさせる。制作会社ではない事業会社のデザイナーの在り方だなと思いました。
ちなみに、古結さんにとってのデザインって何ですか?

古結:
デザインとは、と聞かれた時にはいつも「武器の1つ」と答えています。この武器で課題解決をしたり、事業の価値を作り上げていく。私が手にしたのがデザインだったというだけで、エンジニアリングもマーケティングも同じく武器の1つだと思います。
事業に寄り添いながら、デザインを使ってユーザーへ価値を届けることを考える。自己表現のためだけに使わないという点が、アーティストとの決定的な違いなんでしょうね。アート的な思考も当然大事ですし、大切にしている要素ではありますが、あくまでも道具としてデザインを使わないと、私が理想とする事業に寄り添うデザイナーにはなれないと思います。

神谷:
そう考えるようになった出来事とかってあるんですか。

古結:
「エムスリーデジカル」という、クラウド電子カルテの新規事業立ち上げに携わった経験でしょうか。すっきりとしたシンプルなデザインが良いだろうと思ってプロトタイプを作ったところ、医師の方から「要素がぎちぎちに詰め込まれてていいから、スクロールせずに全部見れた方が良い」というリアクションが返ってきたんです。

シンプルな画面にすることで余白が生まれ、この余白がスクロールという手間を生みだしてしまう。忙しい医師の方々にとっては、そのスクロールにかかる1秒さえも惜しいんです。だからコンシューマサービスでありがちな見やすさとかレイアウトの美しさよりも、最も早い情報伝達を可能とするデザインの方が望ましい、ということでした。

この時「ユーザーのため」と口では言いながら、実際にはそれを盾にして自己表現を優先させていた、ユーザーのことを知った気でいた自分に衝撃を受けました。ユーザーにとって価値のあるものを作るというのは想像以上に難しいことなんですよね。この出来事以来、現場へ行って観察したり、話を聞いたり、フィードバックをもらうということを必ず行うようにしています。

製品化されたデザイン

課題だらけの医療業界

神谷:
コロナをきっかけに、医療業界のDXやデジタル化の遅れなど、様々なニュースが報じられているのを目にしました。医療の現場で、デザインはどのように扱われているのでしょうか。

古結:
まず、医療現場にいらっしゃる先生方が凄まじく忙しいという課題があります。
たとえばクリニックの院長は、午前中は患者さんの診察、昼休憩はカルテの整理と準備、午後は診察、診療時間後は新しい技術や症例についての勉強、といったスケジュールで毎日が進行しています。これに加えて、クリニック経営のことも考えなければならない。

医療に関わる方々は患者さんや医療へ貢献したいという気持ちが強いけれど、やることが多くて常に時間が足りず、1分、1秒も無駄にできないような状態が続いてしまっています。そのせいで目の前の仕事を優先せざるを得なくなり、新しいものを導入できなくなっていく。そんな状態が何十年も続いてしまっているんです。未だに古いOSを使う医療従事者のかたもいたりするんですよ。

医療現場でDXやデジタル化が後回しになってしまっているのは事実です。だけど、目の前の仕事を優先しなければ医療現場が回らないという事情もあります。時間さえあればデジタル化を進めたい、というのが医療従事者の本音だと思います。

神谷:
なるほど。エムスリーの展開する事業は、そうした医療現場の課題をデジタル化で解決していくというものなのですね。

古結:
そうですね。医師だけでなく、薬剤師や製薬企業、患者さん、生活者向けのサービスも展開しています。

エムスリーのミッションは「インターネットを活用し健康で楽しく長生きする人を1人でも増やし不必要な医療コストを1円でも減らすこと」です。これ、すごいですよね。「必要な医療コストを1円でも減らすこと」なんて、ここまで具体的な数値をミッションとして掲げる会社って珍しいと思うんです。
このミッションを実現するために解消しなければならない課題は山ほどあり、事業を手段として課題解決を試みています。その中でデザインができることは、医療従事者や製薬企業、患者さんの望みを叶えるプロダクトを作ること。これに尽きると思います。

「エムスリーデジカル」の最初のデザインコンセプトは「1秒でも多く患者さんと向き合える時間を作りたい」というものでした。電子カルテは記入項目が多く、医師がPC画面と向き合ったまま患者さんの診察をしてしまうことがあります。患者さんからの印象は悪いし、医師だって本当はそんな診察をやりたくないんですよね。そうした課題を、キーボードを打つ回数を1回でも減らす、ワンタッチで済ませることで解決するデザインこそが、良いデザインだと思います。

最近感心したのはワクチン接種会場の導線設計です。1番、2番、3番まで行ったら終わり。わかりやすくて無駄がありません。エムスリーでも、こうした医療コストを1円でも減らすデザインを生み出していきたいです。

***

成功も失敗も、学びが得られれば全てがナイスチャレンジとして賞賛される。これって簡単なようでとても難しい。

なぜなら普通は会社もそこに所属する社員も、最終的には成果で評価されるので、成果に結びつかなかった事象をナイスチャレンジ! と賞賛するって本気ではできなかったりする。
それができる会社って、とても少ないのではないだろうか。

古結さんのお話を伺う中で、なぜナイスチャレンジ ができるかを考えた時に、「横展開」こそが秘訣なのではないかということに気付かされました。

つまり、成功を作るにはその前提であるチャレンジがたくさんあることが必要で、チャレンジのないところには何も生まれない。チャレンジして成功も失敗もたくさん作った上で、成功を型として抽出して横展開をしていく。それにより成功確率を高めていく。その循環がちゃんと担保されているのでチャレンジを賞賛することができる。

チャレンジの成功確率をあげていく「成功を横展開するデザイン組織の役割」ってとても重要で、ここが機能しないと、良くても五分五分のチャレンジが続き、効率悪いぞってなって、そのうち「ナイスチャレンジ!」なんて言ってられなくなることだってあり得ちゃう。

そう考えると、エムスリーの成長の秘訣の一端はデザイン組織にこそある、と言っても過言ではないはず。日本の中でも珍しい、デザインが組織に根付いている会社の好例がここにあるのかもしれない。そう思いました。






みんなにも読んでほしいですか?

オススメした記事はフォロワーのタイムラインに表示されます!