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Portrait of CDO #3 前編:絶望を経てたどり着いた、ユーザベースCDOが考えるデザインの役割

「正直、僕はデザインに対して、本当に、本当に、本当に、絶望していました。」

そう語るのは、2020年にユーザベースのB2B SaaS Business 執行役員CDO(Chief Design Officer)に就任した平野友規氏だ。2010年代中頃に迎えたデザインシンキングバブルの側で絶望の底に落ちた平野氏は、文字通り「バーンアウト」し、その後アカデミアの世界に身を置いたという。

今回、平野氏にお話を伺うことにしたのは、このドラマチックなストーリーに惹かれたからではない。ご協力いただいた「Rabbit Hole of Design Strategy /みんなが知らない、デザインのほんとの仕事」のアンケートに、気になる言葉があったからだ。

「関係性をつくることがデザインである」

そうデザインを定義する平野氏。
デザインの価値を暗闇の中で追い求め続けてきたからこそ手にできたであろう平野氏ならではのデザイン観とCDOの仕事について、話を聞いてみた。

平野 友規
多摩美術大学情報デザイン学科卒業、東京藝術大学大学院デザイン専攻修了。
2017年にDesign school Kolding(デンマーク)のLab for social designで客員研究員。トランスコスモス、コンセントを経て、2011年にトライアンド(現 デスケル)を設立。
2019年にユーザベースのSPEEDA事業に参画。主な仕事は、SPEEDAのデザインマネジメント、三菱重工業の社会インフラ事業のDX推進に向けたビジョン策定支援、RICOH THETAの新規事業開発時におけるUX / UIデザイン。 iF コミュニケーションデザイン賞、German Design Award、グッドデザイン賞ベスト100など受賞。

クライアントワークの限界、インハウスに残された希望

神谷:
本日はよろしくおねがいします。

平野:
よろしくおねがいします。

神谷:
ユーザベース入社前は大学院に行かれてますよね。ユーザベースにはどのような経緯で入社されたんですか?

平野:
2018年までデンマークのデザインスクールにいて、帰国5日前にユーザベースの採用担当からメッセージをもらいました。「デザイン経営に力を貸してくれませんか」というパンチライン強めの件名で、本文を読んでみるとデザインについて知らない人が一生懸命調べて書いたんだろうなってことが伝わってくる内容で。
グローバルなデザインファームからもお声がけいただいてましたが、そのメッセージに込められた切実さみたいなものが心に引っかかっていたんです。それと、自分にはインハウスが最適だともわかっていたので、最終的にユーザベースに決めたというのが入社の経緯です。

神谷:
ご自身で立ち上げた会社もあったと思いますが、そちらに専念するのではなく、インハウスだったんですか。

平野:
10年前に自分のデザイン会社を起こしましたが、クライアントワークの限界を感じていました。デザインスタジオとして伴走型の支援に入っても、外部が絶対に立ち入れない意思決定ってあるじゃないですか。僕らが関与できるのは担当者と一緒にプレゼンテーションを作ったり、プレゼン練習したりするプロジェクトルームまで。経営層との秘密の会議には介入できないんです。
スーパースター級のデザイナーであれば入り込めるのだろうけど、これまでも、これからも、僕はスーパースターになることはできない。だとしたら、企業内部に潜り込んだほうが、まだ経験したことのない未開の地へ行ける可能性がありそうだと思ってインハウスという選択をしました。

神谷:
その中でも、ユーザベースだった理由はあるのでしょうか。

平野:
組織デザインをやりたかったんです。国内外の大学研究の方々とディスカッションをしながら学んだことというのが、次のデザインの対象はカルチャーもしくは組織文化だということでした。組織を対象として捉えていく姿勢や、所属する人々が抱える課題を解決しようと試行錯誤するデザイナーの姿勢にも刺激を受けて、自分も同じことがしたいと思っていたんです。
だけど当時は実績がないし、今みたいなムーブメントが起きているわけでもない。どうしようかと困り果てていた時に、ユーザベースから連絡をいただいたんです。過去に組織崩壊を乗り越え、今はビジョン経営を実践している企業だという話を聞いて、組織デザインの最高のヒントがあるに違いないと確信しました。
実際にデザインチームのリーダーとして入社してみたら、Slackでビジネス書に載らないような実践知がリアルタイムで共有されていたのが衝撃的でしたね。

草の根活動が築き上げた、今に続く信頼関係

神谷:
入社時はデザインチームのリーダーだったんですね。CDO就任に至るまではどのような取り組みをされてきたのでしょうか。

平野:
入社してまず取り組んだのは、社内でデザインを必要としてもらうための草の根活動です。僕のマネージメント配下には4名のデザイナーがいましたが、社内からのデザイナーに対する期待はあまり大きくなかったので。

神谷:
デザイナーの価値そのものから社内に理解してもらう必要があったんですね。

平野:
そうなんです。だから、デザインですぐに結果が出るもの、僕を頼ってくれた人の成果達成に繋がるものって何があるだろうかと必死に考えました。そうして辿り着いたのが、バナー制作、営業資料の手直し、困っている人の壁打ちという3つの草の根活動です。
マーケティングバナーはクリック率で結果が見えるのでわかりやすいですよね。実際に僕がバナーを整えたら数値が改善するんです。営業資料はトークスクリプトが崩壊しないようにセールス担当にヒアリングをしながら、幕の内弁当型の資料を地道に直しました。壁打ちは相談内容をホワイトボードで整理していくだけですが、「よくわかんないけど平野さんと話すと頭の中が整理される、ありがとう」と言ってもらえたので続けていたんです。
この3つだけで社内の機運がだいぶ変わったと思います。少なくとも「デザイナーがマーケティングバナーを作るとリード獲得率が上がる」「デザイナーは資料を綺麗に読みやすくしてくれる」という認識はされるようになりました。
下地が整うと、イベントブースのディレクションやグッズデザインへと仕事も広がっていくんです。それがSNSで話題になったりしているうちに、「デザイナーにはとにかく仕事を頼んだ方いい」というような雰囲気ができあがっていました。

神谷:
デザイナーとその他のユーザベース社員の関係性を丁寧に構築した上でCDOになられたんですね。デザイナーの価値を理解してもらいながら組織に溶け込んでいくという部分がインハウスならではというか。

平野:
そうですね。草の根時代に仕事をした人たちが経営層メンバーになっているというのもインハウスならではかもしれません。現場で背中を預けあった仲ですから、信頼関係が築けている状態で一緒に上へとあがっていけるんです。
先日、元セールスマーケティングのチームリーダーが「平野さんがマーケティングにデザインをインストールしたらすごく成果が伸びたから、デザインの力が大切だと理解できた」と言ってくれたんです。この方、今はSPEEDAのプロダクトマネージャーで、僕が提案するリニューアル内容についても意図を汲んでくれるんです。
必死な思いで取り組んだ草の根活動が、現在に繋がっていることがわかって嬉しかったですね。

デザインがつなぐ、人と人の関係性

神谷:
デザイナーとしての実力があって、大学院での勉強もされたところからの草の根活動って、本来やりたかったこととは違うと思います。よくモチベーションを維持できましたね。

平野:
僕の中で、デザインとは「モノ・コト・ヒト」の関係性をつなぐためのものなので、草の根をすると決めた当時もデザインの力を知らしめる必要はないと思っていました。「デザイナーと仕事をすると良いことが起こる」ということに気づいてもらえれば、デザインの力が何なのかも伝わっていくでしょうしね。

神谷:
関係性をつなぐデザインですか。

平野:
はい。大学院を経てそう考えるようになりました。
そもそも30代前半で学びなおしを決意したのは、当時起こっていたデザインシンキングバブルみたいなものへの絶望がきっかけなんです。デザインのフレームワーク化が進むと同時にデザインそのものの重みが欠けていくように感じて、自分がデザイナーであることすら嫌になってしまって。
だけど、大学院へ行って理解したのは、僕が絶望していたのは前世代のデザインに対してであり、今は社会構造をも対象とした「第4世代のデザイン」の時代を迎えているということでした。

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「19世紀はデザインの第1世代、“ビジュアル”がデザインの対象だった。20世紀はデザインの第2世代、“オブジェクト”がデザインの対象だった。1980からはデザインの第3世代が始まった。“インターフェイス”がデザインの対象となり、2000年には“サービス”がデザインの対象となった。そして、今はデザインの第4世代。2010年からは、“ストラクチャー”がデザインの対象となっている。」
引用:藝大で開催された北欧デザインスクールのワークショップを体験して気づいたこと(フィンランド アールト大学編)

デンマークでは「第4世代のデザイン」の実例をたくさん見ました。例えば、デザインスタジオがフレームワークを中小企業にインストールしても、なかなか機能しないことってよくあるじゃないですか。普通ならフレームワークを何とかしなきゃと考えてしまうところですが、デンマークのデザイナー達はツールキットをひたすら作り、誰でもデザインシンキングができる状態にまで持っていくんです。さらに、そうやって作ったツールが人と人の関係をつなげたり、強化していくケースもあって。

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平野氏がデンマークで見た、自閉症の方とコミュニケーションをするためのツールキット。マテリアルを置き、それにどんな意味があるのか意味建てをして話していく。子供が人形(左上画像)の上に鎖のマテリアルを置き意味を聞くと、母親による虐待の事実が判明し、事件解決に繋がることもあったのだそう。

それまでの自分はイノベーションを起こすとか、アイデアを発想するといった次元でしかデザインを捉えていなかったってことなんですよね。だけど、関係性をつなぐデザインが実践されている最先端の現場を自分の目でみたからこそ、組織やコミュニティがデザインの対象になるということを腹落ちさせることができました。

ユーザベース CDOの仕事

神谷:
デンマークで見たものは「社会に対してデザインをどう民主化していくか?」といったもので、システムを作るためのデザインだと思います。ですが、営利企業でプロダクト周りのみに専念するのって難しいような気がしていて。お話いただいたように営業資料を作ったり、グッズデザインをしたりと、デザイナーの携わる領域は広がっていってしまいます。平野さんは現在、CDOとしてどの領域に注力されているのでしょうか。

平野:
今、僕の責任として持っている範囲はデザイン組織とプロダクトです。プロダクトについては、主にデザインサイドから見ています。
こうなる以前は、手広く何でもやっているような状態だったんです。CDOとしての自分の役割がわからなくなり、そのことをCo-CEOの佐久間に相談したら「もっとプロダクトにコミットしてもらいたい」と言われました。それ以降、SPEEDAのブランディングはCROに全て任せ、僕はプロダクトに専念しています。

神谷:
方向性が定まったんですね。

平野:
はい。自分の役割が明確になってからは、僕からの提案型の開発や、デザインの未来像を描く仕事に集中することができるようになりました。加えて、デザインサイドからのプロダクトに関する提案を、チーム全体で積極的に行うようにしています。

神谷:
デザインサイドからの提案というのは、具体的には?

平野:
イラストの変更やアイコンの一新など小さなことから、デザインシステムを作って組織の生産性を上げるといったことを提案しています。
例えばMVP開発で、プロダクトマネージャーが描く理想の製品像をデザイナーが作るとなると、1〜2週間はかかるような状況でした。人は少ないし、素材はバラバラだし、ツールも定まってなくてXDとかSketchでつくるっていう、健全ではない環境だったんです。その上、ユーザベース独特の開発ルールがあり、将来あるべき姿とMVPの2個セットで新機能を提案しなきゃいけません。 未来はこうします、だから今こうなんですっていう。
そこでFigmaを導入して、デザインのコンポーネントを全部揃えて、設計さえ決まればスタイリングまでシステム的に出せるようにしたところ、デザインだけなら2日くらいで対応できるようになりました。

神谷:
単にデザインシステムといっても、その会社ごとに文化だったり、事業が目指すもの、組織のあり方、ひいてはそれによってプロダクトの制作プロセスなんかも異なってくるから、オリジナルなデザインシステムを生み出すというのは思った以上に大変なことかなと思います。
後編ではその辺りも詳しくお聞かせください。

(後編に続く)