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バックオフィスをデザインの力で変えていく STORES PXデザイナーの仕事

連載「Portrait of CDO」では、CDOに職務内容や役割について伺ってきました。企業が持つ課題感や置かれているフェーズは異なるものの、どのCDOにも共通していたのがデザインを武器に道を切り開いていく姿勢です。
デザインの対象範囲を広く捉え、事業運営上発生するあらゆる課題をデザインを用いて解決していく。CDOがデザインの汎用性を証明しつつあることと、特定領域に特化した「〇〇デザイナー」を耳にする機会が増えていることは、無関係には思えません。
今回インタビューを行った「PXデザイナー」も、近年生まれたデザイナーの職種の1つです。
PX(People Experience)は「会社に関わるあらゆる人の体験を向上させることが、会社の成長につながるという概念」を表しています。EX(Employee Experience、従業員体験)よりも更に広い、従業員、株主、ユーザー、採用候補者・・・等など、企業に関わる全てのステークホルダーを対象に価値提供を行っていくのがPXデザイナーの役割と言えます。
その具体的な職務内容、必要なスキル、他のデザイナーとの違いとは一体何なのか。
STORES 株式会社(2022年10月にヘイ株式会社より社名変更)のPXデザイナー 瀧野はるかさんにお話を伺いました。


瀧野はるか
大学卒業後、株式会社WHITEに入社し、IoT、VR、AR、VUIなど新しいデジタル技術を使った広告プロモーションの企画を行う。その後、会社の主力事業が新規事業コンサルティングに転換したことに伴い、サービスデザイナーとして主に大企業の新規事業開発を支援。2021年6月にSTORES 株式会社へ入社。ブランドデザインとPeople Experienceに従事。

画一的な人事制度が通用しなくなった今、デザインの力が求められている


ーSTORES がPXに取り組むことになった背景について教えてください。

瀧野:
2020年にサービスブランドを統合し、STORES の社員数が200人以上に一気に拡大しました。それぞれ異なる文化や思想を持つ会社が1つになったので、統合直後は現場レベルで足並みが揃わないことがあったと聞いています。
STORES がミッションに掲げる社会を実現するには、社員全員が同じ方角を向いている必要があります。このような背景から、文化形成・組織開発に力を入れていくことになりました。同年にはそれまで組織開発を担っていたEX部門がPX部門へと名称変更され、採用・組織人事、ITチーム(情シス)、労務、ブランドの4つのチームが所属する部門として生まれ変わりました。
PX部門の役割は「STORES にかかわる全ての人に最高の体験を提供する」こと。私も入社当初はPX部門に所属していましたが、現在はブランドデザイン本部というところでブランディングとPX領域に携わっています。

ー組織開発の取り組み、例えばビジョンやバリュー(行動指針)策定といったことは、デザイナーではなく人事の方が担うケースが多いと思います。人事にデザイナーが加わるメリットとは、どのような点にあるのでしょうか。

瀧野:
STORES には「多様であることが意思決定の精度を高める」という仮説があります。STORES を利用するオーナーさんは住んでる場所も年齢も様々で、商品も物販、イベント、ファンビジネスなど多岐にわたります。
多様性のあるステークホルダーに満足していただける価値を提供するには、私達自身も多様でなければならない。こうした考えから従業員が多様化していくわけですが、多様な個を包括し、多様な個が発揮される組織であろうとすると、これまでの人事制度やセオリーの適用が難しいシーンもでてきてしまうんです。
効率的な企業運営を第一目的に作られた人事制度では、適合しない人を弾くほかありません。社員の多様性を受け入れるには、これまでの画一的な制度を見直し、多様性を包括できる設計に変えていくことが必要です。
人事✕デザインを物珍しく感じるかもしれませんが、PXデザイナーはサービス開発で行われている「ユーザー視点で考える」と同じことを、人事領域で展開しているだけなんです。従業員のライフスタイルや働き方は人によって違う。一人一人に話を聞くと、色んなニーズを持っていることがわかる。どんな仕組みや制度があれば良いのかを、デザイン思考を用いたアプローチで人事と一緒に考える。そうすることで、働き方を多様化させていくことができます。

ー社員の働きやすさと会社の成長を両立させる、そうした流れを作ろうとしているのでしょうか。

瀧野:
その通りです。STORES は「Just for Fun」という企業ミッションを掲げています。「楽しい」という気持ちが一番の原動力になる、だから自分が得意なことや好きなことを突き詰められる環境の方がその人らしい生き方ができるし、イノベーションも生まれるはずだという考え方です。
これはSTORES で働く人にとっても同じことで、PXのミッションは「STORES らしい仲間が活躍するJust for Funな組織をつくる」こと。デザインアプローチを使えば、好きなことを追求している人たちの集まりが、組織としてうまく機能する流れを作ることができると思います。

STORES のミッション

どうしたら事務連絡を読んでもらえるのか?

ーPXデザイナーが関わる仕事というのはどのように発生するのでしょうか。課題発見やリサーチといった、上流工程からアサインされるんですか?

2つパターンがあり、人事や組織開発領域については、人事企画・開発チームが出発点となる課題発見や企画を行います。例えば1on1のガイドライン策定プロジェクトは、人事企画・組織開発が企画し、私はリサーチャーとして調査の設計と課題発見のためのインタビューを行う、という役割分担でした。システムを構築した後の運営はエクスペリエンス設計&運用チームが担うのですが、そこにも必要に応じてデザイナーがアサインされます。
それ以外の部門との連携では、企画段階から呼んでもらうことが多いです。

ー他部署の方は、何を期待して瀧野さんに協力を仰ぐのでしょうか。

瀧野:
コミュニケーションデザインや体験デザインです。どうしたら各部署が伝えたい情報を社員に届けることができるのか、ということを一緒に考えることが多いですね。
バックオフィス部門のコミュニケーションデザインって難しくて、例えば法務って専門性が高いじゃないですか。法改正の内容とか新しい経理システムについてわかりやすく伝えたいけど、誤解を招いたらどんな問題が起こるかわからない。正確に伝えようとすると説明過多になってしまい、受け手が理解するのにコストがかかる内容になりがち、みたいな。
だけど、ターゲットに伝えたい情報をいかにインストールしてもらうのか、そのために何ができるのかを考えるのは、デザインの得意領域です。小さなことですが、「キャラクターがいるだけで親しみやすくなる」「情報共有会は前後の体験設計をすることで参加意識が高まるんじゃないか?」といった会話をしながら、STORES のメンバーをターゲットにしたコミュニケーションデザインの成功事例を各部署と協力しながら積み上げています。

人事制度のインナーコミュニケーションにおいてよく連携している人事コンサル出身のメンバーから、「STORES に入って感動したのがデザインの力」というフィードバックをいただきました。デザイナーに関わってもらうと人事の取り組みがすごく魅力的に見えるし、またそれを内製で高い質でスピーディーに届けられるのが良い、と。
人事のプロにデザインの意味を実感していただけて嬉しいと思うと同時に、インターナルコミュニケーション領域にはデザインの余地がまだまだたくさんあるなと実感しました。

ー様々な部門と連携する中で幅広い知識が必要となってくると思います。情報収集などで工夫されていることはありますか?

瀧野:
サービスデザイナー時代では生活者のインサイトの探索をするひとつの手法としてSNSのリサーチを行っていましたが、それと同じようなかたちでSlackとesaという社内ポータルサイトを使ってSTORES で働く人の情報収集を行っています。
入社してから驚いたんですけど、STORES にはプライベートではなくオープンで会話するという文化があり、情報の透明性がすごく高いんです。会社の情報が全てドキュメント化されて残されています。メンバーの自己紹介や社員のブログ、個人の発言、会議の議事録がSlackとesaに集まっているので、社員インタビューをするときは、対象者となるメンバーの背景や近況をここでリサーチしてからヒアリングに臨んでいます。

自律的なチームのための情報共有サービス「esa」

人が会社を成長させる

ーSTORES に入社されるまではサービスデザイナーとしてクライアントワークに取り組まれていましたが、事業会社のPXデザイナーとなってから感じた働き方のギャップなどはありますか。

瀧野:
フィードバックの早さでしょうか。価値を届けたい人がすぐ近くにいるので、アクションに移しやすく小さな成果を積み上げていきやすいのはPXデザインの特徴かと思います。
ただ、すぐ動けるからといってあれこれ手を出しすぎないようにしています。社内にはやった方が良いことがたくさん転がっていますが、そうしたものは短期的な施策になることが多いので、長期と短期のバランスとタイミングを意識しながら施策を展開するようにしています。

ー瀧野さんが関わっている長期的な施策というのは、例えば?

瀧野:
一番大きなものではブランド戦略の策定とブランドマネジメントです。STORES の未来像を描き、そこ行き着くためにこの1年は何を実行していくべきか、どんな社内外にどんなキーワードを発信していこうか、ということを考えています。

ーnoteで連載されているコアバリュー策定もその一環でしょうか。

瀧野:
そうですね。社員数も増えているタイミングでバリュー言語化プロジェクトが立ち上がりました。STORES にはコアバリューのようなキーワードがありましたが、公式に決定されたものではなかったので。
社員全員のワークショップを実施し、約7ヶ月かけてリリースしましたが、バリューは作ることよりも社員に浸透・定着させることの方が難易度が高いと思います。今はバリューを育てる段階に入っていて、社長と執行役員のバリューラジオを配信して解釈を作っているところです。浸透施策を通じて、来年にはバリューの言葉たちがしっくりくる状態になっていると良いですね。

ー1つのプロジェクトに長く携わることができるという点もクライアントワークとの違いですよね。

瀧野:
会社が長く走り続けるにはどうしたらいいか? という視点を持ちながら、私も一緒に成長していけること自体が新鮮で面白いです。会社の成長は人が作るものだと思うので、個人が長期で活躍できる場作りを担うPXデザイナーの必要性というのも改めて実感しています。

PXデザイナーは人の成功や幸せを生み出す裏方の仕事

ー瀧野さんは、そもそも人事領域に興味はあったんですか?

瀧野:
PXという概念に出会ったのは友人の紹介でSTORES の面接を受けたときのことで、人事領域に興味があったわけではないんです。だけど、面接で「人事領域でサービスデザインの応用をしていく」「従業員中心で組織開発を行っていく」というお話を聞いて、腑に落ちたというか、すっきりしたような感覚がありました。
前職で新規事業開発の支援を行うデザイナーとして活動する中で、新規事業の成功には「熱量ある人を生み出す組織作り」が欠かせないと思っていました。クライアントの担当者さんが「実現させたい!」という強い想いを持っていないと、0→1にあるいろんな壁を乗り越えることができない。そう思わせるシーンをたくさん見てきました。斬新なアイデアや洗練されたフレームワークとか以前に、熱量を持った人を生み出し、熱量を歓迎するような組織でないと、新しいことへのチャレンジは成功しないんです。
会社や事業を作るのは人じゃないですか。だから、一人ひとりが活躍できる場作りが大事だし、それを考える工程にデザインが入ることにも納得できたんだと思います。

ー最前線で活動されてきて、バックオフィスに入ることに抵抗はなかったんですね。

瀧野:
STORES に入社する前の半年はフリーランスとして活動していましたが、その中で「コンサルじゃないな」と思い始めていたんです。振り返ってみると前職でもバリュー設計のワークをやったり、イベントを盛り上げたりとかする機会が多くて。当時は意識していませんでしたが、「会社を楽しく働きつづけられる場所にするにはどうすれば良いんだろうか」みたいなことを考えるのが好きなんですよね。
そのことに気付いてから、最前線に立って物事を引っ張っていくよりも、人やコトの隙間を埋めたり結んだりしていく役割の方が自分には向いていると思うようになりました。バックオフィスのデザイナーというのは自分でも意外な選択でしたが、今となってはPXデザイナーという役割がしっくりときています。それに、バックオフィス部門とはいえ「人を通じて事業を支援していく」というアプローチに変わっただけで、後ろに引いたって感じでもないというのが正直なところです。

ーこれからPXデザイナーの需要が増えてきそうな予想がある中で、どういった経験やスキルが必要でしょうか。

瀧野:
スキルの面ではコミュニケーション能力やビジネスや経営への理解だと思いますが、それ以上に「人の成功や幸せに向き合えるか」というマインドセット的な要素が重要な気がします。
私が採用されたときのジョブディスクリプションには、求める人材像に「人の話を聞くのが好きなこと」「人の成功がなによりもの成功だと思えること」「対話を大事にする」と書いてありました。社員が気持ちよく働けたり、強みが発揮できる仕組みを考えて提供するのがSTORES のPXデザイナーの仕事です。その成果は社員の成功として見えてきます。提供した仕組みによって社員が効率的に仕事ができるようになり、その結果、成果が出せたり、世の中に価値を届けられたりすることが、私のよろこびです。

ー最後に、瀧野さんご自身の今後の展望をお聞かせください。

瀧野:
組織拡大や事業成長に伴い、STORES の抱える課題も、私の役割もこれからどんどん変化していくと思います。PXデザイナーという職種自体の定義は確立されてないですし、将来どのように展開していくのか誰も知りません。展望といえるほどのことではないですが、未知へと突入していく過程で自分の得意が生かせる領域にチャレンジしていけると良いのかなと今は思っています。


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