Portrait of CDO #3 後編:自分で見つけたものを信じてやり続ける。流行りに飛びつかない、組織の思想を体現するデザイン組織のあり方
「正直、僕はデザインに対して、本当に、本当に、本当に、絶望していました。」
そう語るのは、2020年にユーザベースのB2B SaaS Business 執行役員CDO(Chief Design Officer)に就任した平野友規氏だ。2010年代中頃に迎えたデザインシンキングバブルの側で絶望の底に1人落ちた平野氏は、文字通り「バーンアウト」し、その後アカデミアの世界に身を置いたという。
今回、平野氏にお話を伺うことにしたのは、このドラマチックなストーリーに惹かれたからだけではない。ご協力いただいた「Rabbit Hole of Design Strategy /みんなが知らない、デザインのほんとの仕事」のアンケートに、気になる言葉があったからだ。
「関係性をつくることがデザインである」
こうデザインを定義する平野氏。
デザインの価値を暗闇の中で追い求め続けてきたからこそ手にできたであろう平野氏ならではのデザイン観とCDOの仕事について、話を聞いてみた。
教科書にのらない「秘伝のたれ」を言語化する
神谷:
学び直しの前後のお話は、noteで2部作でまとめていらっしゃいますよね。読ませていただきまして、心打たれるものがありました。
平野:
気付けば1.5万字も書いてたんですよね笑
大学院で得たものは2つあると思っています。1つは、勉強的な面で「組織やコミュニティがデザインの対象になる」という学びです。デザイナーとしての自分の可能性を切り開いてくれる出会いでした。
だけど、もしかしたらこれ以上に価値があったのは、「デザイナーとして今後どう歩んでいくか」という姿勢の部分を見つめ直すきっかけを得たことかもしれません。
神谷:
デザイナーとしての姿勢ですか。
平野:
京都大学デザインスクールの方々が、自分たちで見つけたことを信じて研究に取り組んでいたんです。アカデミアの世界なので当たり前のことですが、その姿勢にすごく勇気をもらいました。僕も見たことも体験したこともない外からやってきたスキルの話をするよりも、自分の手で得たもので戦っていくデザイナー、またそうした人生を歩みたいと心から思ったんです。
中でも印象的だったのは、京大の山内裕教授が「次はカルチャーがデザインの対象になる」と話していたことです。当時は最先端すぎて誰もピンときていませんでしたが、山内教授は自分の研究を通して見たものを信じた結果、今ムーブメントが起きているように、先行した知識を得ることができたんですよね。
デンマークでも同じようなものを見ました。そもそも、行った理由は「デザインシンキングは本当に効くのか」を知りたかったからで、結論を言えばデンマークではちゃんと機能していたんです。その理由を探っていくと、輸入したものをそのまま使うのではなく、英語をデンマーク語に翻訳して、デザイナーが「自分たちの」デザインシンキングとは何かを考え、それを信じて実行していたから機能する、ということがわかりました。
神谷:人の真似ではなく「自分の見つけたことを、信じてやる」というのは大切ですよね。
平野:
そう思います。僕も彼らと同じように、大学時代に偶然出会い、興味を持った学部で先行した知識を得ていたんです。フリーランスになってその知識を応用して、デザインシンキングと似たようなことを試行錯誤しながらやっていました。それが楽しくもあったし、僕の興味対象というのは「手探りで何か探していくこと」だったんです。そのことを大学院で出会った方々が思い出させてくれました。
神谷:
信じたことを組織で実行するとなると、共有知化していく必要があるのかと思うのですが、ユーザベースでは学びの仕組み作りには力を入れているのでしょうか。
平野:
共有知化は僕の最近のテーマです。今ってUXリサーチドリブンのプロダクト開発が主流じゃないですか。大切なことだとは理解していますが、僕としては自分たちの文化が大切にしてきたものをやれる方がいいなと思うんです。
例えばユーザベースで大切にしている「ファーストユーザーは自分」という視点。自分が喉から手が出るのほど欲しいものかどうか、ということですが、主観に寄りすぎているのでUX/UIの教科書には載せられません。だけど、この言葉は創業者の梅田さんがSPEEDA開発時から使っていて、ユーザベースのプロダクト開発でとても大事にされている視点です。
このような伝聞された知見をデザイナーが共通言語化して「UI Design Book」にまとめています。もちろん教科書と似たようなことも書いてありますが、どちらかというとユーザベースならではの「秘伝のタレ」を意識して作っています。
流行りのフレームワークがうまく機能しない理由
神谷:
秘伝のタレ化しているものって、自分たちの組織に必要だけれど、他の会社では再現不可能なものってあるじゃないですか。一般論を扱う教科書的な学びと秘伝のタレを、どう融合されてるんですか?
平野:
フレームって、風土、文化、思想の上に乗っかるものでないと機能しないと思うんです。
プロダクト開発の話をすると、PLG(Product-Led Growth)と呼ばれるプロダクトの中に顧客の獲得を組み込む事業モデルがあります。昔の僕だったら「いいじゃんそれ!」って飛びついていましたが、少なくとも現段階では違うなと思うようになりました。
結局、PLGも外部のタレであって、SPEEDAの風土や文化、思想に馴染む方法ではありません。現状の営業が顧客に製品を売りにいくSLG(Sales-Led Growth)のほうが、今の僕たちの文化に合ったやり方なんです。
組織に根付く思想というものが何なのかずっとわからなかったんですけど、梅田さんがSPEEDAリリース時を語ったこの文章を読んで納得しました。「こういうふうにやらないと生き残れない」ってところから培われたやり方が、組織の思想だったりするんだなと。
SPEEDAには梅田さんが頭下げてでも売りに行った、お客様の声を聞いてものすごいスピードで機能改善をしてきたという過去があり、それが今もSPEEDAの開発体制の中に残っています。これって創業者が生み出した、秘伝中の秘伝じゃないですか。UI Design Bookには、こうした風土や文化に根ざした「秘伝のタレ」こそまとめるようにしています。
神谷:
僕もいろんな企業さんを支援させていただいて僕らが考えたやり方をインストールして再現性を高めようと頑張っているんですけど、カルチャーみたいな根っこの部分からその企業に適合するようなやり方をまだ作れてないみたいなところはやっぱり日々感じています。
とても参考になるお話、ありがとうございました。
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インタビューを終えて。
「自分で見つけたものを、信じでやり続ける」そう語る平野氏にはこの想いが強く通底してあるのだろう、そう感じた。
一度は絶望した”デザイン”というものに対して、外に飛び出て自分なりの解を得、再びデザインに正対することを選び、そしてユーザベースのCDOとして戻ってきた。まさに自分で見つけたデザインのあり方を信じて追求し続ける、平野氏らしい姿勢がそこにはあった。
“デザイン”が流行るなかで教科書的なやり方は巷に広がっていく。それによりデザインが普及していっていると見る見方もある一方で、平野氏はそれでは本質的な”デザイン”が普及しているとは言えないんじゃないか? そう考えているようにも思えた。
そもそもデザインとはその対象もやり口ももっと自由であったほうがいいし、第一それが面白い。それは価値を量産するためのデザインではなく、価値を創造するためのデザインとも言えるのだろうか。組織文化やそこにあるコンテキストをしっかりと見つめ直しながらオリジナリティー高い方法論を確立する。ユーザベースがその挑戦を通してこれから世の中にどんな価値を生み出していくのか、Q&Dとしても引き続き注目していきたい。