経営危機とデザインの力 -苦境の旅行業界で新規事業を生み出し続けるベルトラの舞台裏-
世界150カ国の現地体験型オプショナルツアー専門予約サイト『VELTRA』を運営するベルトラ株式会社。「旅の本質は、文化交流にある」と考え、世界各国の豊富なアクティビティ商品を提供している同社のサービスは旅先での体験を重視する個人旅行者(FIT)に大きな支持を受けている。
2018年には東証マザーズに株式上場を果たし、右肩上がりの成長を続けてきたベルトラにストップをかけたのは新型コロナウイルス感染症だった。
ツアーの予約数は大きく減少し、一部サービスを閉鎖。従業員の休業対応を余儀なくされることとなる。事業、そして会社の存続さえも危ぶまれる状況にも関わらず、2020年3月以降5つもの新規事業を発表した。
「コロナが原点回帰するきっかけとなりました」
そう話すのは、ベルトラのリード・デザイナー 鑓溝氏。回帰した原点には何があったのか、なぜ新規事業を推進しようという判断だったのか、考えれば考えるほど疑問は尽きない。旅行需要がほとんど0になるというまさに未曾有の危機の中、ベルトラ内部に起こったことを伺ってみると、経営危機をチャンスに変えようとするベルトラの奮闘の姿が見えてきた。
鑓溝 慎太郎
2010年入社(当時アラン株式会社、2012年にベルトラ株式会社へ商号を変更)。WebデザイナーとしてVELTRA立ち上げ〜運営に携わった後退職し、Goodpatchに2年間在籍。2018年、デザインの力を証明するためベルトラに戻り、コーポレート部門で社内外のコミュニケーションデザインに携わる。現在はVELTRAサービス全体のU Xデザインリードを務める。
5,000を超えるパートナーと共有する価値「心揺さぶる旅の体験」
ーベルトラのツアー・アクティビティ事業は、世界各国の現地旅行催行会社、インストラクターやガイドとの繋がりやカスタマーサービスの充実など、人との接点をとても大切にしている印象があります。
鑓溝:代表の二木はよく「人を大事にする」とか「人と人を繋げていく」という言葉を社員に向けて口にします。見たことのないモノや人と出会った瞬間の心の動きを届けていくことが僕たちのミッションにもなっています。
ベルトラは世界中のツアー・アクティビティを集めたプラットフォームの運営を通して、現地の人たちと共に「心揺さぶる体験」をユーザーへ提供したいと考えています。だからこそ現地の催行会社やインストラクター、ツアーガイドも私達のミッションを共に掲げる「パートナー」と呼び、時には寄り添い合ってプロジェクトを進めていく同志というような位置付けで関係性を持つことを心がけているんです。
大きな会社に所属する人からフリーランスのツアーガイドも含め、世界各地に5,000人以上のパートナーと繋がっている。競合がほとんどいなかった時代から今まで長い付き合いをしている人たちもいて、それだけの信頼関係や相互理解ができているというのはベルトラの大きな強みです。
ー質の高い体験をユーザーに提供していくために、パートナーとはどのようなコミュニケーションをされているのでしょうか。特に海外だとコントロールが難しそうです。
鑓溝:まずリレーション作りでいうと、各エリアの担当者が現地へと赴きパートナーと直接コミュニケーション行います。それから担当者が実際にツアーやアクティビティを体験し、提供したいと思えるものを「VELTRA」に掲載していくことが通常です。
このとき、親身に向き合えるパートナーかどうか、親や友人にオススメできる商品かどうか、という軸での掲載判断を行う文化が社員に浸透しています。他にもカスタマーサービスでNPS*の導入や、お客様との電話でどれだけ感謝の言葉がもらえたのかを定性・定量で計測する取り組みが行われていたりもする。ユーザーの目線に立ち、ユーザーの目線を意識したサービス作りを全社員が実行しています。
もちろん、担当者が心から良いと思って掲載した商品にクレームがつくこともあります。その場合は自省して、担当者がパートナーとコミュニケーションを重ねて内容の見直しを行いますが、それでも改善しない人たちに関しては「心揺さぶる体験」を提供していきたいベルトラと同じ方向を向くことができないという判断で、掲載取りやめといった対応をとらせいただいてます。
*NPS:Net Promoter Score の略で、顧客ロイヤルティ(企業やブランドに対する愛着・信頼の度合い)を数値化する指標。NPSが上位の企業は高い事業成長率を保っており、ベルトラでは30という高い目標値を掲げ取り組んでいる。
観光地の崩壊を食い止める。「Zenes」誕生の背景
ー今年5月にリリースしたクラウドファンディングサービス『Zenes』はどのような考えで生まれたのでしょうか。
鑓溝:コロナでダメージを受けているのは僕たちだけじゃなくて、パートナーも同じなんですよね。全く稼ぎがなくなって、日本のみならず海外にいるパートナーからも苦しいという声がベルトラに届きました。現にフリーランスの方は仕事を畳まざるを得ないような状態にまで追い詰められています。
今後、自由に旅ができる状態にまで回復したとしても、現地で観光業を営む人たちが失われてしまってはベルトラも共倒れになってしまう。ベルトラとパートナー、ひいては旅行業界の持続可能性を形作るための策として出てきた案が『Zenes』でした。
※禅、善、餞、様々な「Zen」が循環するエコシステムという意味が込められている。
鑓溝:クラウドファンディングのプラットフォームに見えるかもしれませんが、「VELTRA」同様掲載プロジェクトにはかなりこだわっています。担当者とパートナーが二人三脚で企画作りから写真撮影・文章制作まで行っているんです。こうして手間をかけることができるのも以前から顔を合わせた密なコミュニケーションをとっていて、そこから生まれる信頼関係が非常に深いものがあったからこそではないでしょうか。普段パートナーと接していない僕が会話をしても、掲載同意をしてもらえないし、コンテンツ作りもここまでのものは作ることはできないと思います。
ー質を重視する姿勢は一貫されているんですね。まだリリースしたばかりですが、パートナーからの反響はありましたか?
鑓溝:既に目標達成したプロジェクトもいくつかあります。やはり金銭面で苦しい思いをされているので、パートナーからは「助かった」というような声をいただいてます。
ただ、Zenesって金銭面だけを支援するサービスでもないと個人的に思っていて。戸田でタカアシガニが穫れると言われても一般の人はピンと来ないじゃないですか。それをZenesに掲載することで、自分たちに目を向けてくれる人や応援の気持ちを形にして届けることができる。まだ先の見えない状況ではありますが、仕事を続けていく上での活力みたいなものもパートナーに提供できているんじゃないかと感じています。
ミッションへの原点回帰が全てを変えた
ーコロナを経て企業の考え方が変化しているようにも感じましたが。
鑓溝:事業に対する考え方や数字を作ることの重要性はこれまでと変わらないと思います。ただ、ベルトラが大事にしていくべきことってなんだろう、ということを改めて真剣に考え始めたような気がしていて。
ー数字以外の大切なもの。
鑓溝:コロナが広まりはじめて全社的につらい状況だったとき、代表が「原点回帰しなきゃいけない」と全社員へ向けて話しました。その言葉がきっかけとなり「社会やパートナーやユーザーに対するベルトラの存在意義とは何なのか」という問いにメンバー全員が真摯に向き合いはじめたように感じています。旅先での体験や人との出会いという私達が大切にしている価値観に立ち返れば、軸はぶれないままに幅広く新しい取り組みを考えることができます。「ベルトラらしさ」を模索していこうとした結果が新規事業なのかもしれません。
ー「ベルトラらしさ」の軸がぶれていないから、先行きが不透明な中でも新規事業という選択を社員は受け入れることができたのかもしれませんね。
鑓溝:事業を広げていくという話は以前からあったので、そのタイミングがコロナによって早まっただけだという風に捉えてます。でもそうですよね。ベルトラと全く関係のない事業領域に踏み込むとなると、それこそ「なんで?」ってなっちゃいますよね。
コロナ以降リリースした新規事業はどれも「未来の旅行に繋げる」というコンセプトを共通して持っています。「オンライン・アカデミー」というサービスはオンラインツアーというアイデアから構想されたものですが、最終的には旅へのモチベーションに繋げてもらったり、事前の情報収集として活用してもらったりというようなアフターコロナで「旅の体験」を高める利用方法を想定してリリースしました。
新規事業に対して少なからず不安を抱く社員もいたかもしれませんが、あくまでも「ベルトラのツアー・アクティビティ事業」の延長線上にあるものとして納得できるからこそ、社員も受け入れることができたのではないかと思います。
ー鑓溝さんや他のメンバーがベルトラで頑張り続けることができているのは、ベルトラのミッションが自分の価値観と融合できているからなのかもしれないと思いました。
鑓溝:そうですね。僕個人としてはこの1年の間、ベルトラが苦境に立たされている状況に危機感を抱きつつも転職しようとか、他のことをやろうみたいな考えには至りませんでした。リーダーをしているデザインチームのメンバーも9人から4人に半減して痛手ではありましたが、チャンスでもあると捉えていて。むしろこのタイミングだからこそできること、例えば問題解決のためのデザインというものを丁寧に実施していこうとか、クオリティが担保された効率的な仕組みを作っていこうと思って、実際に今取り組んでいます。
2020年のような状態が5年、10年と続いたら旅行業界は壊滅的なダメージを受けると思います。ですが、この先も人間は旅を求め続けるだろうなという希望を、根拠はないけれど持つことができていました。だからこうして前向きに考えられている。
他の社員についても、旅行に対する想いが強すぎる人たちばかりです。旅好きの一人として、旅で得られる体験や人との関わりがなくなっちゃ困ると本気で思っているからベルトラで頑張り続けているように思います。
旅で得られるものってたくさんあるじゃないですか。人生観に大きな影響をもたらされた人も少なくないはずで、だからこそベルトラが提供している「心揺さぶる体験」という価値がなくなってほしくないし、なくしてはいけないと一人の人間として感じている。そして、旅に関するサービスがたくさんある中でもベルトラ以上に「人」に目を向けているサービスは他にはない、と確信しているからこそベルトラにこだわっているように思います。
何をやるにしても、心から自分が「良い」と思えているかどうかは大事なことなのではないでしょうか。作り手、制作・運営側のそうした気持ちってプロダクトにも現れると信じているので、今後も大事にしていきたいです。