Redefine “Good Design” / 「使いやすいデザイン」は、社会をダメにする
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Redefine “Good Design” / 「使いやすいデザイン」は、社会をダメにする


ちょうど1年前に米国で起きた警察官による黒人男性の殺人事件と、それを発端に巻き起こったBlack Lives Matter運動。世界が向き合わざるをえなくなった人種差別を引き起こすひとつの要因が「優れた人間中心のUX」にあるとする議論がいま、盛んです。激動する社会の中で解決策を見出そうとするUXデザイナーをはじめとする米国デザイン界の動きを追いました。

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いま社会には、「国」や「都市」ほどマクロでもなく「コミュニティ」よりもっと手応えのある人と人とのつながりが必要だ──。日本語にするのがちょっと難しい「neighborhood」(ネイバーフッド)ということばを、最近耳にする機会が増えました。日本より一足早く、米国で「地域社会」とも訳されるネイバーフッドの概念をオンラインに持ちだしたのが、2011年にローンチした「Nextdoor」。“地元”を同じくする人びとが集い、より身近でより生活に根ざした情報をやり取りするソーシャルメディアです。

いまでは11カ国で展開し、5億を超えるローカルビジネスオーナーのハブとなっているNextdoorは、「2021年注目のIPO予定企業」として名前が挙がる巨大プラットフォームに成長しています。しかし、かつてNextdoorは、人種差別を助長するとして全米のメディア/ユーザーのやり玉にあげられたことがあります。事態を深刻に受け止めた同社は、この問題を調査するうちに、自らのアプリの「使いやすさ」に原因の一端があることに気づいたといいます。

直感的で使いやすい製品・インターフェイスをつくるのがデザイナー、それもユーザーエクスペリエンス(UX)を専門とする者の仕事……のはずが、そこにこそ大きな問題が潜んでいるとは、いったいどういうことなのでしょうか。

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2020年は、新型コロナとBLM(Black Lives Matter)の年だったといえるでしょう。新型コロナは言わずもがな、昨年5月に米ミネソタ州で起きたジョージ・フロイドさん殺害事件に端を発して巻き起こった人種差別へのプロテストは、世界に大きな変革の必要性を突きつけました。白人警察官による黒人男性殺害事件は、新聞を例に取れば社会面のみならず政治面、経済面、国際面、そして文化面にも及ぶような、社会問題へと発展したのです。

Nextdoorがレイシャル・プロファイリング[警察が、故意に有色人種を調査対象に絞り捜査や取締まりを行うこと]が横行する現場として報じられたのは、遡ること5年前、2015年のことでした。ユーザーが“ネイバーフッド”に関する情報を自由に投稿するプラットフォームであるNextdoorで、とあるユーザーがパーカーを着た黒人男性が近所を歩いているのを見つけただけでアラートを送信していたというのです。当時、事のあらましをまとめたある報告書では、Nextdoorが「偏執的な人種差別の場であり、まるでお節介な自警団員のようだ」とも書かれています。

そして事態を調査したNextdoorが気づいたのが、その「使いやすさ」でした。

UX分野の教科書的存在といえる書籍『Don't Make Me Think』にも謳われている「考えさせてはいけない」とは、まさに多くのUXデザイナーが信条としていることばだといえるでしょう。さらには「先読みのデザイン」(anticipatory design)と呼ばれるアプローチでもって消費者が選択する必要がないほどシームレスなシステムを実現するのが、理想的なUXだとされてもいます。

テクノロジーをより簡単かつ迅速に操作できるようになれば、ユーザーは即断即決のルーティンを繰り返すでしょう。しかし、そのスピード感のあるルーティンが日常的に繰り返されることで、意図せず人種的偏見が組み込まれてしまうと警告する人たちがいるのです。

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2020年に開催されたTEDカンファレンスでは、Nextdoorのレイシャルプロファイリング問題への取り組みをサポートした社会心理学者のジェニファー・エバーハートが、スピードを重視したデザインがときに間違いを助長することを説明しています。

「物事をカテゴリー化すること。それによって生まれるバイアスによって、わたしたちの脳はより迅速かつ効率的に判断を下すことができます」と、彼女は言います。「しかし、カテゴリー化は迅速な判断を可能にするだけでなく、バイアスを強化するものでもあります。世界を見るのに役立つものが、世界を見えなくすることもあるのです。カテゴリー化は、わたしたちの選択を容易にし、摩擦(フリクション)をなくします」

こうした懸念は、ここ数年、とくに米国のUXデザイナーのあいだにも生まれています。彼らはデザインプロセスにおけるフリクションが有用だと唱えています。トランプが選出された2016年の米国選挙では、ビッグデータを扱う者の倫理やソーシャルメディアプラットフォームの影響が問われ、多くの人が自らの職業倫理に疑問を抱くようになりました。そして2020年のBLMが、テクノロジーにあらかじめプログラムされたバイアスに対処することの重要性を問い直しています。デザイナーたちは、そこで生まれるバイアスをユーザー自身が精査するためにも、誰もが触れるユーザーインターフェイスに「スローダウンさせる」ための意図的な中断が必要だと考えているのです。

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Nextdoorのケースに戻りましょう。エバーハート教授が同社チームに提案したのは、ユーザーが身の回りの出来事を報告する前に「チェックリスト」を追加することでした。また、ユーザーが目にしているのが実際に犯罪行為なのかどうかを考えられるように、「何かを見たら、何でも言ってください」(if you see something, say something)との文言を、「何か怪しいものを見たら、具体的に言ってください」(see something suspicious, say something specific)と変更するよう、ワーディングにも工夫を凝らしました。これによりNextdoorは、数カ月のうちに、レイシャルプロファイリングの発生を75%抑制することに成功したといいます。

米国ではNextdoorのみならず、「Citizen」や「Amazon Ring」といった同様のネイバーフッド“監視”アプリが隆盛を極めています。そしてそれらのいずれにとっても、レイシャルプロファイリングが悩みのタネとなっています。そしてエバーハート教授の研究は、その解決策を設計する方法が確かにあることを証明しています。

TEDカンファレンスでのエバハート教授は、こうも話しています。

「わたしたちは皆、偏見をもちやすいですが、常に偏見に基づいて行動しているわけではありません。わたしたちがやりたくないのは、偏見を増幅させ、人種間の格差を深めるような使いやすいシステムをつくることです」

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心理学を学んできたエヴィ・チャンも、テクノロジーにバイアスが浸透するさまざまな方法を研究しているエクスペリエンスデザイナーのひとりです。

彼女は、適切なタイミングでテクノロジーにフリクションを導入することが有効だと考えています。例えばアラートやポップアップボックスをひとつ表示するだけで、自分たちの行動が自分たちの領域を超えて他の誰かに影響を与えることを思い起こさせることができると言う彼女。「わたしたちは、ボタンをクリックするだけで食べ物が運ばれてくるような、過度に最適化された世界に馴れきっています。しかし、これらの製品やサービスを、誰がどのようにして実現しているのかを考えることはありません」

アジア系アメリカ人一世であるチャンは、エージェンシーはもっと多様性をもってデザインに臨む必要があるとも言います。「すべては個人的な経験に基づくもので、わたしにはアメリカで黒人であることがどのようなものか、決してわかりません。共感には限界があるのです」

ブルックリンを拠点とするデジタルエージェンシー・Hugeは、長きにわたって「先読みのデザイン」を推進してきましたが、その後、そのスタンスを微調整しています。

先読みから生まれるシームレスな体験は、確かに便利なものでしょう(例えば、遠く離れた実家に住む祖父・祖母が事故に遭ったり、あるいは家で食事を摂らなかったりしたとき、家族に自動的にアラートが送信されるのは、問題を予測するのには便利です)。しかし、とHugeのUX担当代表のエミリー・ウェンガートは言います。「この数年間でわたしたちが学んだのは、データやコンテンツは、それをつくった人間によって偏ってしまうということです」
ウェンガートは、その代わりになるものとして、最近のUXデザインでは「マインドフルネス」を推進していることを教えてくれました。「これからのデザイナーにとって課題となるのは、テクノロジーがあなたの考えと同時に考えてくれるときと、実際にあなたを巻き込むきっかけとなるとき、つまりマインドフルに考えてくれるときを知ることでしょう」

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デザインにフリクションを導入するとは、どういうことでしょうか。それは、2000年代初頭、あるいは1990年代にそうであったような、頭痛の種となるようなウェブインターフェイスに戻ることではありません。また、ユーザーにとって不要なハードルを与えることでもありません。適切に設けられたフリクションとは、ユーザーの主体性を高めることを意味します。

ベントレー大学教授(情報デザイン)で、米国最大のUXデザイン教育プログラムを率いるビル・ギボンズは、この分野における近年の進化を感じているひとりです。

「人がみなバイアスをもっていることを認識し、それに対抗するための適切な対応策を考えることが、デザインだ」と言うギボンズ教授は、こうも言います。「それはもはや、フリクションではありません。単に優れたデザインとして認められるべきものです」

ギボンズ教授は、自らが提唱する優れたデザインの基準が、利益追求型の企業からは必ずしも共感されないことだとも認識しています。しかし、広告業界に長年携わってきた彼でさえ、「使いやすさ」の生むリスクの危惧を訴えていることは特筆すべき事でしょう。

テクノロジーが社会のあらゆるシステムに浸透しているいま、デザインを見直すことが重要だと言うギボンズ教授は、「いまこそ、わたしたちは正しいことをしなければならない」と語ります。「モノのインターネット化やウェアラブル、さらには身体への埋め込みがこれからより進むことでしょう。そうすれば、デザインはより目に見えなくなっていくのですから」

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