Portrait of CDO #2 前編:非連続性を生み出すカオナビCDOの役割とは
急拡大するHRテクノロジー業界でタレントマネジメントシステムのトップシェアを誇る株式会社カオナビ。2019年にマザーズ上場を果たした同社は「非連続性」を生み出すべく、最高デザイン責任者(CDO) 玉木穣太氏を招き入れました。
玉木氏が入社されてから1年。その間に公開したFuture Deckは3万ビューを超え、コロナ禍におけるオフィスの拡張移転は話題を呼んでいます。しかし、本人に話を伺ってみると「ミーハーでステレオタイプ、芯のないデザイナーでした」と、自らの過去を自嘲気味に語ります。そして、デザイナーという職種の未来のなさに危機感を抱き、CDO就任を引き受けたのだとも。
悩み、苦しみながら、それでもデザインに向き合い続けてきた玉木氏が実践するカオナビでのデザイン経営、そして過去の歩みとデザイナーのこれからについて赤裸々な想いを伺いました。
玉木 穣太
BBH Tokyo, W+K Tokyo, AKQA Tokyoなどエージェンシーを経て、2015年株式会社Cogent Labsへ参画。クリエイティブリードとしてバリューアップを支援。2019年3月より「非認知能力を認知する」「人に新しい評価軸を創る」をミッションにした株式会社XCOGを設立、2019年9月筑波大学との共同研究を終了。現在に至るまでコミュニケーションデザイン事業を中心に展開している。
企業の新陳代謝促す、ブランドイメージ
神谷:
よろしくおねがいします。本日は、カオナビにおけるデザイン経営の実践方法をお伺いしたいと思っています。
玉木:
よろしくおねがいします。
神谷:
まず、入社されてからFuture Deckの公開や、オフィス移転プロジェクトを担当されていますよね。こうした取り組みを行うにあたり、カオナビではデザインにどのようなニーズがあったのでしょうか。
玉木:
入社当時のカオナビは、ミクロではプロダクト、マクロではコーポレート、それぞれの視点から見たときに「かっこいい」という言葉が連想されにくいと思っていたんです。だからブランドイメージにデザインのテコ入れをして、少しずつレピュテーションを変えていく必要があるのではないか、という話を代表取締役社長 CEOの柳橋としていました。
神谷:
どうしてカオナビとして「かっこいい」みたいなことが必要だったんですかね。
玉木:
「かっこいい」という形容詞にこだわっていたわけではないんです。ブランドイメージを考えるにあたっては、「いけてるか」「いけてないか」ぐらいの抽象的な言葉でも良いのかもしれません。
会社が集団である以上は、集団として成長する必要があります。成長の鍵を握るのが、人を迎え入れることにより起こる新陳代謝です。採用活動をしても人が集まらない会社の未来は危ういなと思います。
カオスマップを見ると、カオナビと同じようなサービスを展開する会社が何十社とあることがわかります。HRテクノロジー業界のタレントマネジメントシステムに関わりたい人にとっては、どの会社にするかという決め手を見つけにくいというか。カオナビである必要性を打ち出せていないと思いました。
こうした状況で違いを見出すとしたら、会社が持つ思想や文化、社員のセンスとか、それぐらい。そうした無形資産、つまりブランドイメージを作れる唯一の存在がデザイナーですから、外界と接触して新陳代謝を起こしていくためにも「いけてる」とか「かっこいい」というブランドイメージが必要なのだと考えています。
神谷:
なるほど、確かにそうですよね。人をはじめとしたいろんなリソースが集まっていかないと、会社は成長できないですからね。
CDOが経営戦略に関わる理由
神谷:
「いけてる」ブランドイメージを形成していくために、なにから取り組んだのでしょうか。
玉木:
まずお話しておくと、僕の所属するブランドデザイン本部は経営戦略に深く関わっているんです。
神谷:
それは珍しいですね。
玉木:
他社と比べても、なかなか変わったことだと思います。
経営戦略では、まず現状把握から始めて、会社が将来あるべき姿を描きます。あるべき姿のクオリティをどれくらいの時間をかけて到達するのか、その道筋で会社はどのような変革のシナリオを辿っていくのか、ということを経営者が考えていく。要はカルテに書かれる診断みたいなイメージですね。
経営者はこうした壮大なアイディアや偉大な思想を作ることは得意だけど、コミュニケーションのプロであるとは限りません。変化してほしい相手に、メッセージがうまく伝わらない場合があります。
そこで必要になるのが経営者の考えを分解し、わかりやすく伝えていくことのできる「翻訳家」的存在。僕はデザイナーがその役割を担うべきだと考えているから、カオナビのブランドデザイン本部は経営戦略に深く関わっていくんです。
その上で、経営者のメッセージを聞いて変化してほしい相手が誰かというと、カオナビのステークホルダー。中でもコアとなる部分にいるのは社内の人間です。
伝えたいメッセージをいきなりに外へ発信してしまうと、認知させるためのコストとして販管費や広告費が必要になります。そうではなく、まずは内部の人たちに経営者のメッセージを浸透させていく。すると、仕事へのモチベーションは上がり、それがプロダクトに反映されて、品質が高まるという変化が起こる。良いプロダクトを提供できるようになるとCRMのコストが下がるから、最終的に利益が上がります。
特にSaaS企業はマネジメントやサポートにどれだけお金をかけようが、根本にあるプロダクトのクオリティの問題が解決されない限りは無駄に終わってしまいます。プロダクトの質を上げるためにも、社内へのメッセージが大事なんです。
「非連続性を生む」ミッション達成に向けた社長との対話方法
神谷:
CDOとして経営戦略の「あるべき姿」を一緒に考えていくとき、代表とはどのようなコミュニケーションをされるんですか。
玉木:
僕と代表の柳橋との関係が特殊なので参考になるかどうかわからないですが、事実を話すと「僕がカオナビの社長だったらこうやります」といったことを提案しています。
神谷:
それは1対1で?
玉木:
1対1です。僕はただ、デザインの観点からアドバイスをするだけ。あえて経営会議には入らないことになっていて、2人で話した内容を経営会議で通すかどうかは柳橋が判断します。
神谷:
なるほど。デザイナーならではの新しい視点を与えてるみたいな、そんな感じなんですかね。
玉木:
そうですね。というのも最初に声をかけられたときから「カオナビに非連続性を生んでほしい」と言われ続けているんです。それが僕のミッションにもなっているので、今はその役割を全うしています。
ただ、こうしたことをしているとハレーションも起きてしまうんですけど。
神谷:
なんかわかります(笑) 他の方々は今の努力を積み上げた先に成長があると思っていますが、非連続性を実現するには現在を否定せざるを得ない場合が多々ありますもんね。
法人格とUXの演出
神谷:
今までのお話を聞くに、昨年公開されたFuture Deckは社内へ向けたメッセージだったんですか?
玉木:
そうです。社員向けのメッセージとして最初にアウトプットしたのがFuture Deckでした。カオナビが何者で、未来へ向けてどのように変化していくのかということを、改めて理解してもらうための設計図として作成しています。
神谷:
まずは社内から、次第に外向きの発信とかもやっていこうみたいな感じなんですね。Future Deckに記載のあるメッセージはどのように決めていったのでしょうか?
玉木:
個人格と法人格って言葉が存在すると思っているんですけど。僕個人の性格や人格が個人格。カオナビが世間からイメージされる性格や人格が法人格です。現在認識されているカオナビの法人格はどういう性格なのか。性格が悪いのであれば、将来的にどう変えていくべきなのかということを、代表を含めたボードメンバーと話しあって作っていきました。
サービスのターゲットは人事や経営層だけど、幅広くモテるには柔らかくて接しやすいイメージにしていかなきゃいけない。でも、今ってエッジーな皮パンに皮ジャン着て、近づきにくい印象与えてませんか? これからみんなにモテようとしてるのに、それじゃダメじゃないですか? みたいな具合に話をしてましたね。
神谷:
法人格の抽出は、具体的にどのようにやられたんですか。
玉木:
最初は自分たちはどうあるべきかっていう理想を言いあってました。それだけだとみんなが持つカオナビの印象にばらつきがでてしまったので、プロダクトを軸に考えていくことにしたんです。
神谷:
そっか。SaaS型企業の特徴かもしれませんが、プロダクトの人格が法人の人格に近しいものになるんですね。
玉木:
これ、見てほしいんですけど。Discordって、言葉の使い方がすごく面白くて。こんなこと書くんですよ。
「やろう!今すぐ!やろう!やろう!やろう!やろう!」
※Discordのユーザー登録画面を見せながら。登録ボタンの上に「今すぐ登録」というような月並みなコピーではなくキャラクターを感じさせるコピーが使われている。
神谷:
へー、かわいい!
玉木:
かわいいですよね。ここにDiscordの人格って見えてきませんか?偉そうでもないし意識も高くもない。カジュアルにコミュニケーションとりますよ、みたいな。他にもダウンロードボタンには「旅を始める準備はいいですか?」って書いてあったりする。「さあ、始めよう!」とか別の言い方だってできたはずだけど、ここにあえて演出を加えている。
この演出が大事だと思うんです。細部からサービスの人格が現れてくるような、UXの演出。
神谷:
細部の演出みたいなものは、玉木さん筆頭にアイディアを出しながらブランドデザイン本部の方々と考えられてるんですか。
玉木:
細かなところは結構僕が考えてますね。
神谷:
そういう感じなんですね、なるほどなるほど(笑)
それでもプロダクトを統括する方、あとは現場の社員の方々もいらっしゃるから、その人たちと対話しながら決めていく感じなのでしょうか。それとも、何かしらたたきを作って提案してたり?
玉木:
今は「こうあるべきでしょう」っていうのを打ち出して、納得してもらうパターンが多いかもしれないです。といってこれは自分が考えたんだとかってことは言いませんし、ボトムに伝わっていくときには誰が考えたのかさっぱりわかんないくらいで良いと思ってます。皆にスッと入っていってくれれば。
(後編に続く)